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2016年10月

2016年10月23日 (日)

田部井淳子さん

以前NHKの趣味悠々で、
登山入門者のルー大柴さんと
富士山に登るまでを、毎回楽しく見ていた。
女性だけでヒマラヤに登頂された有名な方だとの
認識や名前も顔もメディアを通して存じ上げていた。
そんな有名な方の指導で、初心者が登れるのかいな
と思いながら見ていた気がする。
放映当時は、四国に住んでいた。
飾らず親しみやすい話し方に引き込まれ
丁寧でわかりやすい指導に
テレビを見ながら、
登山の経験もなく特別の興味がない私でも
登れるのではないだろうか
と 思ったものだ。
それ以来、田部井さんのファンになった。
 
先日も、テレビでお見かけした。
少し痩せていらっしゃったが、お元気そうに話されていた。
乳がんになったことや、その後も癌になり
治療中とのお話に、仰天。
シビアな状態でありながら
元気に前向きに喋られる様子に尊敬の念を覚えた。
 
その田部井淳子さんが亡くなられたとの報は
本当に寂しく悲しく、ショック。
ぽっかり穴が開いたような虚しさを感じる。
努力家で素敵な女性で尊敬する田部井さんは、
いつまでも私の中に生きている。
 
 

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2016年10月 8日 (土)

記憶

6歳上の友達は、短期の記憶を思い出せない。
時々電話をかける。
が、明日には、
電話で話したことを忘れているだろう。
毎回受診を勧めるが、拒否される。
 
近くに住む友人達が心配して、何かと気にかけるようだが、
彼女はそれがストレスだという。
ストレスなのは、気に掛けても拒否され
悪くなるのを見るだけの友人達のほうだろう。
病を受け入れて、人を頼れば良いと思うが
出来ないのは人の言うことを聞かない頑固な性格のせいだろう。
 
私の考え方とは違うが、本人が嫌なのだから仕方ない
このままでいることのほうが気楽で幸せだと
本人が願うならそのほうが良いのではないかと
思ったりもする。
彼女は一人暮らしではない
息子が一緒に住んでいるのだから。
遠くに住む他人の私にできることなんて
電話をかけて話すくらいなのだ。
が しかし、ほっておけないと信じる友人たちは、
やせ細りゴミ屋敷と化す家に暮らすのを心配している。
病気になる 倒れるのではないか。。。
 いやあテレビに出るゴミ屋敷の住人も倒れている風もなく
 結構元気だけど。。ゴミでは死なないよ、ほっとけば。。
と心では思っても言えるどうりもない。
彼女は、ゴミ出しを友達がしてくれるのがストレスだという。
ちゃんと自分でできるという。
 
 仕分けできるの?ゴミかどうかわからないのでしょう?
   「それくらいわかる。友達に出してもらうのは嫌だ。」
 
   「病院へは行きたくない。」
 では、先生に来てもらったらいいよね?
   「それはダメだ。」
 何故ダメなの?
   「この部屋に入れられない。」
 どうして?
   「部屋が、いっぱいだから。」
 それって ゴミでいっぱいなの?
   「そう。」
 さっき、ゴミは仕分けして出してるって言ったけど。
   「ゴミというか、チラシでいっぱい。」
 新聞をとってる?
   「とってる。」
 新聞には毎日チラシが入ってるから、見たら毎日捨てればいいのよ。
どれほど話しても堂々巡りだ。
だんだん自分が彼女を攻めているようで自己嫌悪。
私自身も最近脳の老化が気になっているというのに
人のことどころではないのだ。
忘れっぽいし、間違いは増えるし、
臨機応変に対応できないし、判断力も鈍るし
1聞いて10出来るのが若者なら
10聞いて半分もできないと悩むお年頃だ。
 
昨年10月に彼女から届いた手紙が見つかった。
最後の手紙。その後届いていない。
すでに手紙は書けないだろう。
1年でずいぶん進行したのだと感じる。
気丈で人に負けるのが嫌いでせっかちで
人のことは何でも気が付き、気がきいて
おせっかいで世話焼きの彼女が
自分ができなくなったから、
お世話を焼いてきた人達に頼るのなんて
どうしてもできないのだろうか。
乗り越えられないのだろうか。
 
 
 
 
 
 

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