日記・コラム・つぶやき
クリスマスの飾り
先日の日曜、家人に窓の簾の片付けを頼んだ。
倉庫の戸をがたがたやっているのが聞こえた。
しばらくして居間に行くと
床に大きなクリスマスツリーが置いてあった。
『えーっ!
いったい誰が組み立てるんだ。。。
誰が飾って 誰が片づけるんだ。。。?』
心の声が聞こえた。
『子供もいないのに 飾るの。。。?』
子供たちが幼い頃に買った180センチ程の高さのツリー
もう何年も出していない。。。最後に飾ったのは 何年位前だろう。。
「クリスマスツリー 飾るの?」
さりげなく 聞いてみた。
「クリスマスだから 飾ったら?」
仕方ないなあ。。。
静かな居間に クリスマスツリーとリースを出し 飾ってみた。
いつも壁に架けているK市の友人にもらった
懐かしい街の風景の木版画を外し
安曇野の夕焼けと星のをかけてみたら
意外とぴったり。
これでいつでもクリスマスよ。
その内深夜に
ポーラーエクスプレスが
家にも来るかも知れない。
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小春日和
午後、用事が有り車で出かけた。
雲ひとつない空 少しだけ西に傾きかけた日差しが温かく
こんな気持ちの良い小春日和の午後は 久しぶり。
どこかへ出かけたくなるような良い天気だ。
小さな鳩が カラスにつつかれたらしく 羽根が根元から千切れかけ
血を流しながら横たわっていた。近づくと弱弱しく逃げる。
辺りには羽が飛び散っていた。
そっと持ち上げると 柔らかく温かい小さな鳩は 手の中にすっぽり収まった。
可哀そうに。。どこかの動物病院に連れて行ったら助かるのだろうか。
尻尾もつつかれて血が出ていたので もうだめかもしれない。
つつかれて死んだ鶏舎の鶏の事が思い出された。
帰り道 小春日和の水色の空と遠くの山を見ながら走ると
住んでいた街の事が無性に懐かしく 思い出された。
もう何年も前 中学生だった子供と 近くの川へ化石林を見に行った時の事。
子供が 川の草の茂みの傍で 釣り糸が取れず暴れている鴨を見つけた。
見ると釣り針が黄色い嘴に深く突き刺さっていた。
ほっておくわけにもいかず 糸を切り 両手でしっかり抱えて
動物病院へ運び 針を抜いて貰い また元の川へ戻した事が有った。
子供が 高校の選抜試験に合格した時
それほど成績が良い訳でもなかったのに合格したのは
あの時の鴨の恩返しだったのではないか と思ったものだ。
そんな事を考えながら 小春日和の午後の記憶がよみがえり
無性に 恵那山が見えたその街が懐かしくなった。
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音の記憶と匂いの記憶
車を運転しながらCDをかけていたら どこかで良く聞いたフレーズが流れた。
懐かしいような とっても好きな曲のフレーズのような気がするのに
何の曲のだったか分からない。
CDは初めて聞いた曲だが 前奏の一部分は
良く聞いた曲にとっても似ているが
どうしても思い出せず 歯がゆい気持ちがした。
私の記憶の箱は いったい何処にしまいこんだんだろうか。
探し出せないだけだろうか。
年と共に 死滅する脳細胞と一緒に失っていく記憶。
そうして人間の細胞は死を迎える準備をしているのだろうか?
スーパーで 珍しくパックに入った饅頭を買った。
小さな白い饅頭が幾つか入っていて たまごまんじゅう と書いてあった。
卵のような形から名前をつけた と思い
買って帰り一口食べると なんと中の餡が黄色…?
えっ!?思わず原材料を確認。卵が入ってる!
何か知らない豆の餡に卵が入っている!
そう思ったら餡が 卵の匂いがする。
生臭いような 卵の匂いがするような気がして 食べる気が失せる。
本当に卵の匂いなのか それとも卵の匂いの記憶なのか分からない。
帰って来た連れ合いは 美味しくないけど匂いもしないと言う。
嫌いな匂いの記憶は 文字を見ただけで蘇るらしい。
饅頭の餡が卵の匂いなんて・・・サイテイ・・・
小豆だと思ったのに・・・
相当がっかりした買い物だった。
自分の想像と全然違うものだとわかったら 食欲さえ失せるらしい。
もしかして 嘘でも 卵じゃなくて栗って書いてあったら
変だな 匂わないな 美味しくないな
と思いながらも 食べたのだろうか?
赤とんぼ
先日の朝、庭のアーティーチョークの葉っぱに
可愛い赤とんぼが止まっていました。
小さな 真っ赤なとんぼ。
これが 赤とんぼ?
今まで 赤とんぼって お盆の頃に沢山飛んでいる
赤みの薄いオレンジ色のとんぼの事かと思っていましたが。
アキアカネ ってこの真っ赤な可愛いとんぼでしょうか。
懐かしい童謡 赤とんぼ
夕焼け小焼けの赤とんぼ
追われてみたのはいつの日か
山の畑の桑の実を 小籠に積んだは まぼろしか
十五でねえやは嫁に行き お里の便りも絶えはてた
夕焼け小焼けの赤とんぼ とまっているよ 竿の先
この歌の赤とんぼは
お盆トンボだと思っていたけど 違うのかも。
山陽道 龍野を通る辺りのトンネルに
トンボの絵が描かれていました。
赤とんぼの作詞者の出身地だったのでしょうか。
懐かしい童謡。。。
私は 幼い頃 母の背に背負われて
聞いたのは みかんの花でした。
5月の思い出
連休に 遠くに住む子供が帰省したので
一緒にお墓参りに行った。
トンネルを抜け故郷の町に入った途端に
車のCDから千と千尋の神隠しの主題曲
『いつも何度でも』が流れてきた。
呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心躍る 夢を見たい
かなしみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える
道端の桜並木が風に揺れ まるで歌を歌っているようだ♪
ララランランラランラーーーランランララン♪
緑の日がまだ天皇誕生日だった頃
爽やかな初夏の風に桜の若葉が揺れて
世の中はゴールデンウィークの始まりの日の早朝
父は病院に運ばれた。
病院から家に帰ることは無かった。
庭には 剪定しかけたままの盆栽が残され
クイーンエリザベスのバラが咲いていた。
。。。
父が亡くなった日も良く晴れた爽やかな朝だった。
母は何かしていないとだめみたいに必死に拭き掃除をしていた。
裏山の畑に行くとソラマメ畑に緑の風がふいて
山からホトトギスの声が甲高く響いた。
生まれて初めて聞いたホトトギスの声だった。
。。。
父が逝って25年後に母も亡くなり
母に優しくしてくれた母の兄もつい先年亡くなった。
母が親しくした近所のおじさんやおばさんももういない。
故郷の町の小高い墓地に立ち母の生家や父の故郷の方向を見た。
暑いくらいの5月の初め
すっかりきれいになったお墓にお線香とシキミを供えた。
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校長先生
新聞のコラムに 三河地方の校長先生の話が書かれていた。
熱血校長 と言う題だった。
先生は率先してゴミを拾い規律を守るのも立派な教育だという
信念を持ち 校風を変えられたとか。
その高校に招かれた筆者が講演した後 拍手が起こり胸が熱くなったと書かれてあった。
私にも心に残る校長先生がいる。
小学校に入ったばかりの時の校長先生は 寒い冬の朝礼で
寒くても、ポケットに手を入れないようにと話された。
大人として みんなに言うばかりではいけないので
今朝自分の背広のポケットを縫い付けて
寒くても手を入れることが出来ないようにした。と話された。
子供心に感心したり 本当かなあなどど思ったり。
誠実で優しい立派な校長先生だった。
それから 中学校の時の校長先生の話も ずっと心に残っている。
木登り名人の話だった。
木登りの名人が 難なく高い木に上り
降りてきて後1mばかりになった時に油断して落ちた話だった。
最後まで気を緩めてはいけないと言う事のたとえだったが
今でも 最後までホッとしちゃいけないよ と自分に言い聞かせる時がある。
高校に入った時に感心したのは 校長先生の言葉ではなく
聞いている 生徒の態度だった。
校長先生が 演壇に立った時と話が終わった時に
生徒達が拍手をした事だった。
ずっと以前から 引き継がれた慣わしだったのかもしれない。
私には大変新鮮に感じた事だった。自分が少し大人に近づいたような気がした。
それから 子供の中学の校長先生。
当時 子供の入学した中学では 金色の髪の生徒もいたし
授業中に 校庭をうろうろする子達や 校則違反の服装の子供達が溢れていた。
教室の廊下の両端の階段の前には机と椅子が置かれていた。
何の為かと云えば 教室から出てうろうろする子供達を
なだめて教室に戻す為に先生が座る机だった。
暴力事件も有ったし 構内は汚れも目立った。
親も 順番に学校にいく事になり 掃除にも行った。
先生達は何とかしなくちゃと 大変だったと思う。
その学校に子供が入学した時赴任されたのが
心に残る校長先生だった。
荒れた生徒達が 卒業する時には すっかり変わって
不良と思われた子供達も ボイコットなどせず
それぞれの格好で卒業式に参加していた。
1学年が9クラスもある大きな学校だったのに
本当に素敵な心に残る卒業式だった。
卒業式の後 近所の人達を招き 卒業生手作りの小さな演奏会が行われた。
その頃 私は気がつかなかったのだが 二男が入学して
間抜けな彼が しょっちゅう忘れ物をして 届けた時
気づいた。
それは 校長先生が 門の前に立ち
生徒達に 名前を呼んで 声をかけていた事だった。
毎日毎日 雨の日も 雪の日も
必ず門の前に立って『おはよう』と
声をかける事。返事が無くても 毎日 毎日。
きっと子供達は 自分達が見守られていると 感じたと思う。
校長先生は二男が2年に上がる時 定年で退職された。
今も お元気だろうか。
ごりらくんⅡ
実家の庭を 見ていたら 小鳥が飛んできた。
ヒヨドリ?違うみたい…
青い色の鳥発見。何て名前だろう。
お彼岸のお墓参りの帰りに 『ごりらくん』で
いつものようにちゃんぽんを食べた。
ちょうど お昼時で お店はとっても忙しそうだった。
友人の息子氏がお店を手伝っていた。
跡継ぎが出来たみたい。。。
良かった良かった。。。
美味しいちゃんぽんを食べ
店の外に出ると 川沿いの道路のガードレールの
プランターに 色とりどりの花が咲いていた。
友人が植えたに違いない。
友人が植えた花が見事に咲いて
道行く人達やお店を訪れる人達の
心をなごませている。
クリスマスローズも咲いていた。
川の岸には 菜の花が
ずっと向こうのほうまで咲き とってもきれい。
ふるさとの町へ帰ると いつもいつも癒される。
両親がいないのに 誰かに優しく迎えられる。
帰り道 風の強い日で
穏やかな内海に珍しく兎が跳ねて
白い波が打ち寄せいていた。
友人が持たせてくれた ポンカンや夏みかんの
良い香りが 車に満ちていた。
もうすぐ3月
今年も申告が始まり 忙しかった昨年のことを思い出した。
近所の枝垂れ梅の花が日一日と開いて行く。
寒い毎日にも 春の気配を感じる。
冬眠中のわが身にも 春の気配が感じられる出来事があった。
春は変化の時期。
思いも寄らない曲がり角にさしかかり
曲がって見ることにした。
そこには また新しい道が開けているに違いない。
春のような
新しい年が明けて 一週間が あっと言う間に過ぎてしまった。
少しずつ 日が長くなっている。
いつもの年なら まだまだ真冬の寒さなのに、
今日は 春のような暖かい一日だった。
水色の空も明るい午後の日差しも
町の景色も、春の陽気に包まれているみたいだ。
部屋に入ると西側の窓から
もやがかかったような空の向こうに
西に傾きかけたお日様が橙色に丸く見える。
こんなに暖かくて大丈夫かな。
あっと言う間に梅の花が咲きそうだ。
産直市めぐり
丁度野菜がきれたので行きたいと思っていたところ
午前の時間が空いたので
急遽年末の産直市へ行った。
暖かく良い天気に恵まれドライブ日より。
まず 高瀬の良心市へ。
お正月のしめ縄やリース、裏白が並び
いつもより沢山の花に混じり お正月用の大王松や竹、南天なども並ぶ。
美味しい近藤さんの沢あんを見付けた。
友人がこの人のが美味しいと見付けた沢庵だ。
しばらく見なかったので友人と
『最近出てないけど、近藤さんどうしたのかな。』
と心配したりした。
お目にかかった事が無いのに
名前が付いていると親しみを感じるのも産直市の良い所だ。
近藤さんの沢庵と
美味しい豆腐やブロッコリ、白菜等の野菜を買い
帰り道、畑にヤギが何匹かのんびり草を食べているのを発見。
隣には柴犬が…まるでダッシュ村だ。八木橋と北斗みたい。
寄り道をして、財田町の たからだの里も寄って見た。
友人はここでおばあちゃんの好きな茄子のからし漬けを買った。
私は、蔵餅の大福を買って ふと見ると 真っ白なオカラが目に入った。
きっと豆腐も美味しいに違いない。
今夜は鍋にしよう。。。水炊きだ。
思ったとおりの美味しい豆腐でした。
クリスマスの本
クリスマスが近づくと思い出す本があります。
『明日は楽しいクリスマス』 THE NIGHT BEFORE CHRISTMAS
クリスマスの前の晩に 8頭のトナカイが引くそりに乗ってやって来たサンタクロース
煙突から入って来て…
クレメント・ムーアの詩に可愛い絵をつけた 素敵な絵本。
『サンタクロースって いるんでしょうか?』
バージニア・オハンロンと言う名前の少女の質問に答えた
ニューヨークサンの社説
読むと 思わずサンタクロースを信じたくなります。
それと一番好きなのが
『急行「北極号」』 The Polar Express
CVオールズバーグ の美しいパステル画と村上春樹の訳
オールズバーグの本はどれも不思議な魅力いっぱいで
ジュマンジ 西風号の遭難 魔法使いカザージ氏の庭‥
どれも大好きです。
クリスマスになると この『急行「北極号」』を本棚から 取り出してみます。
読み返すうちに その不思議な世界に引きこまれます。
何年か前、隣の部屋でテレビを見ていた高校生の息子が 突然隣の部屋から飛んできて 『母さん、母さん、あの あの本!…』
何かと思ったら 急行「北極号」 が映画化されたとTVに流れていました。
いつも うるせえ だの うざい だの 言ってる高校生が
幼い頃読んだ絵本を好きだった事 覚えていた事 とても嬉しく思いました。
心に残る素敵な絵本
…僕は もうすっかり大人になってしまったけれど、鈴の音はまだ聞こえる。
本当に信じていれば、それはちゃんと聞こえるんだよ。
最後の文章が心に響きます。
素晴らしい音の鈴の音のように。
塩塚高原
晴れ上がった日曜日午前中
梅鉢草が咲いていると聞いたので
塩塚高原まで ドライブ
爽やかな涼しい風が吹き
柔らかな茶色の穂が風にゆれ
パラグライダーを抱えた人や
息を切らしながら登って行くと
上から70歳は超えていそうな老婦人が
素敵なレースのスカートの裾を揺らしながら
ゆっくり降りてきた。
頂上からは 遠く香川県の庄内半島や
愛媛県の製紙工場の煙突まで見渡せた。
オミナエシ リンドウ アケボノソウ
ヒメヒゴタイ ゲンノショウコ ‥
やっと見つかって 写真を撮ろうと
カメラを構えると バッテーリー切れ!
ショック!!
いったい何しに こんな所まで来たんだか…
仕方なく携帯でパチリ。
可憐な梅鉢草 写せなくても きれいでしたよ。
夏のおわり
先日、母の七回忌の法事に出かけた。
菩提寺の禅宗の寺の本堂に座って お坊さんのお経を聞きながら 前方を見ていた。
いつもは 襖でしきられた控えの間も 暑い季節で 襖が開かれていたので 広広とした畳が続きその向こうに中庭が見え その中庭のむこうの住まいの方まで見えた。
ボーっと遠くを見ながら 母の事を思い出していた。
今も生きていたら 讃岐うどんめぐりに連れていってあげただろう
そうしたら 何て言うかな 。。。
不思議と 悲しい気持ちは無く 元気な母の姿が 見えるような気がした。
9月11日ニューヨークでテロの有った日の夜遅く 仕事中だと言う息子から いつものように 『お線香を上げてね』と メールが届いた。
彼は6年間一度も忘れずメールをくれる。母は、きっ優しい彼を守ってくれるだろう。
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